エコトーン試験造成

 

エコトーンは鳥類や魚類、水生昆虫類、貝類、湿生・水生植物など多種多様な動植物の生息・生育場や繁殖場として重要な環境であるとともに、水質改善への寄与も期待されている。しかし、鷭ヶ池では1980年代以降、水位低下や富栄養化に伴う水際植生の衰退、波浪によって池のエコトーンは消失した。そこで、本企画は鷭ヶ池において人工的にエコトーンを造成し、水際植生の復元を促すことによって、豊かな水辺環境の修復を目指すものである。本企画は大規模な機械類などを導入することなく、自然の復元力を活かした再生方策として実施する。エコトーン造成による効果や不可逆的な影響、維持管理面について評価・検証するため、今回は小規模な実験区を設置する。

 

※エコトーン試験造成の背景、現状、課題など、取り組みの詳細は企画書をご覧ください。

目標

鷭ヶ池の湿生・水生植物について、定着・長期生育が困難であることが課題となっている。生育適地が侵食されたため、自然のままでは急速な回復はほとんど期待できない状況にある。阻害要因の検証が求められる中で、人為的にエコトーンの造成を行うことが、豊かな水辺環境の修復に向けた解決策の1つであると考えられる。大規模な工学的手法も選択肢の1つではあるが、人為的なコントロールを最小限に抑え、生態系の復元力(レジリエンス)を高めた保全方策として検討する。

 

①消失したヨシ・マコモなどの抽水植物の生育場所を
 人工的なエコトーンの造成によって
 再生することが可能か検証する

②期待される効果や不可逆的な影響の発現など、
 今後のエコトーン整備や
 鷭ヶ池のあるべき姿を議論するための知見を得る

③造成したエコトーンの継続的な維持管理が
 可能かどうか検討する

④エコトーンの造成によって湖岸侵食を防止する

⑤鷭ヶ池の保全再生のプロセスにおいて
 学生自身が楽しみながら、実践し学ぶ

 

①抽水植物群落(エコトーン)の拡大を図る

②絶滅の危機にある湿生・水生植物を保全する

③湖岸侵食の進行を抑える

④崩落した湖岸環境を修復する

 

かつての鷭ヶ池が有していた豊かな湖沼・湿地生態系とその多面的機能の修復を目指す

■ 目標種(植物種)

エコトーン造成における目標種(植物種)を表に示す。本取り組みにおいて、短期的には、3種の抽水植物(ヨシ、マコモ、ヒメガマ)の定着を図る。中期的には、3種の分布拡大とともに、その他の抽水植物の定着を図る。長期的には、短期・中期目標種のさらなる拡大とともに、鷭ヶ池から絶滅した種、絶滅の危機に瀕している湿生・水生植物種の保全再生を図る。植栽・移植するにあたって、基本的には鷭ヶ池を含む大学キャンパスにおいて生育・残存している個体、または埋土種子(土壌シードバンク)から発芽した個体を活用する。

短期目標種ヨシ(イネ科)
マコモ(イネ科)
ヒメガマ(ガマ科)
中期目標種アゼナルコ(カヤツリグサ科)
タチスゲ(カヤツリグサ科)
アゼスゲ(カヤツリグサ科)
オギ(イネ科)
クサヨシ(イネ科)
コガマ(ガマ科)
長期目標種オグルマ(キク科)
クロモ(トチカガミ科)
ミゾコウジュ(シソ科)
キクモ(オオバコ科)
サデクサ(タデ科)
サクラタデ(タデ科)
ミゾソバ(タデ科)
コナギ(ミズアオイ科)
センニンモ(ヒルムシロ科)
ヌマトラノオ(サクラソウ科)

今回、短期目標種として掲げたヨシ、マコモは1970-80年代における鷭ヶ池の優占種であることから選定した。また、ヒメガマは鷭ヶ池での記録はないものの、大学キャンパス内で生育していること、周辺地域(岐阜市則松で生育確認)から風散布で種子が飛来する可能性が高いことから、目標種に選定した。これら3種は抽水植物の代表種であるが、水深や泥の堆積状況によって生育適地が異なる。そのため、後述する2段からなるエコトーン試験区に創出された異なる環境条件をカバーできると考えられる。

中期目標種に掲げたアゼナルコ、タチスゲは鷭ヶ池での記録はないものの、大学キャンパス内で生育していること、過去の植物目録でカサスゲ(カヤツリグサ科)と誤同定した可能性が高いことなどから目標種に選定した。また、コガマについても鷭ヶ池での記録はないものの、埋土種子から発芽が確認されたこと、周辺地域(岐阜市西秋沢で生育確認)から風散布で種子が飛来する可能性が高いことから、目標種に選定した。

長期目標種に掲げたキクモについては鷭ヶ池を含む大学キャンパスからは絶滅したため、隣接する伊自良川河川敷からの再導入を検討する。また、クロモやセンニンモのような沈水植物はエコトーンという「場の消失」のみならず、富栄養化やヘドロ堆積、透明度低下など複合的な要因によって絶滅したと考えられる。そのため、「場の再生」とともにこうした課題解決が必須である。加えて、すでに大学キャンパスやその周辺から消失した種については、埋土種子(土壌シードバンク)を活用した再生も検討していく。

将来的には、ミズタガラシ(アブラナ科)、ウマスゲ(カヤツリグサ科)、ミズユキノシタ(アカバナ科)、ナガエミクリ(ミクリ科)など、鷭ヶ池では生育記録はないが、大学周辺で個体数が減少傾向にある植物種について、生息域外保全の必要が十分に大きければ積極的に検討する。

 

■ 目標種(動物種)

エコトーン造成における目標種(動物種)を表に示す。これらはエコトーン(抽水植物群落)を主な生息場・繁殖場として利用している動物種である。今回の小規模な試験区での効果が期待できないが、今後長期的にエコトーンを造成し、その面積が拡大した場合には、移動・飛来・繁殖の可能性が高い。

鳥類オオヨシキリ(ヨシキリ科)
ヨシゴイ(サギ科)
セッカ(セッカ科)
コジュリン(ホオジロ科)
カイツブリ(カイツブリ科)
バン(クイナ科)
クイナ(クイナ科)
ヒクイナ(クイナ科)
オオジシギ(シギ科)
魚類デメモロコ(コイ科)
水生昆虫類クロゲンゴロウ(ゲンゴロウ科)
タイコウチ(タイコウチ科)
ミズカマキリ(タイコウチ科)

目的

上記の目標達成に向けて、小規模な実験区を設置して、エコトーン造成による効果や不可逆的な影響、維持管理面について評価・検証することである。同時に、エコトーン造成が鷭ヶ池における今後の保全再生方策として有効であるか否かを検討する。また、企画全体を通じて、学生自身が身近な自然環境の保全修復のための技術、モニタリング調査手法、継続的な維持管理、自然環境が変化していくプロセスを体験学習する機会とする。さらに、試験区の範囲はわずかであるが、木板と木杭の設置によって、深刻化する湖岸侵食の波浪対策に貢献する。

 

■ エコトーンを造成する意義

かつての鷭ヶ池は、伊自良川の氾濫原的な環境の面影を残しており、多種多様な野鳥、水生生物、水生植物などの貴重な生息・生育の場となっていた。1975年に「岐阜大学自然保存地」に指定されたものの、具体的な保全・管理・活用の方針は決まらず「放置」され、自然環境の劣化と生物多様性の低下が著しく進んでいることがこれまでの調査結果から確認されている。地球環境や大学周辺の環境変化も原因と考えられるが、人間活動の影響によって劣化した鷭ヶ池の自然環境を私たちの手でコントロールし、修復・再生することも人間の責任であると私たちは考えている。

エコトーンは多種多様な動植物の生息・生育場や繁殖場として重要な環境であるとともに、湖岸侵食の防止、水質改善への寄与、人間生活への資源供給、環境教育・自然体験への寄与など、多面的な機能を有している。しかし、鷭ヶ池では1980年代以降、水位低下や富栄養化に伴う水際植生の衰退、波浪によって池のエコトーンは消失した。そこで、本企画は鷭ヶ池において人工的にエコトーンを造成し、水際植生の復元を促すことによって、豊かな水辺環境とエコトーンが有する多面的機能の修復を目指す。

期待される効果

エコトーンやそれを構成する植物群落は、「①多様な動植物への生息・生育場所の提供」「②波浪や流水による湖岸の侵食防止(被覆機能)」「③水質浄化への寄与」「④農業や人間生活への資源の供給」「⑤水辺景観の形成と環境教育・自然体験への寄与」といった多面的な機能を有する。エコトーンの造成によってこれらの多面的機能が回復することが期待される。エコトーンの造成は、豊かな水辺環境の修復において、重要な役割を果たすと考えられる。

期待される効果効果の内容
多種多様な動植物の生息・生育環境の拡大(生息・生育場、繁殖場の提供)エコトーンは、鳥類、魚類、水生昆虫類、十脚類、貝類など、多種多様な動植物に対して生息・生育場所を提供するほか、繁殖・成長場所としての機能も有する。特に鳥類にとっては、営巣地、越冬地、集団ねぐら地、渡りの中継地として重要な役割を持つ。また、植物体の水中部は、植物プランクトンを食べる動物プランクトンの生息場所(捕食者である魚類からの避難場所)、濾過食性の付着性動物や栄養塩吸収効果の高い付着性藻類の生息基盤となる。エコトーンを生息場所とする小型の水生生物が増加することで、餌資源としている魚類や鳥類も増加し、湖沼・湿地生態系全体の回復が期待される。
湖岸侵食の抑制湖岸侵食の抑制はもちろん、エコトーンを含む崩壊した湖岸環境の修復が期待される。今回は木板と木杭による侵食防止が主であるが、将来的には、定着・活着した抽水植物群落による侵食防止機能が期待される。エコトーンでは、増水時や雨天時に植物体が倒伏することで地表面の侵食を軽減する。また、抽水植物の地下茎の発達によって、土壌保持能力や護岸機能が期待される。
ヨシやマコモといった抽水植物を再生させる場所の創出現在の鷭ヶ池は、抽水植物の生育適地が侵食されたため自然のままでの急速な回復が厳しい状況にある。人工的なエコトーン造成と湿生・水生植物の移植・植栽を通して、成長した移植株の種子・切れ藻・殖芽の分散や地下茎の広がりによって、水生植物の再生産・拡大とともに、群落の形成・維持が期待される。また、泥に含まれる埋土種子(土壌シードバンク)の発芽、絶滅した植物種の復活も期待される。復活した植物種の生育場所として、造成したエコトーンが機能することも期待できる。
浅底化の防止(浅底化を引き起こしているヘドロの運搬先確保)冬季の刈り取りによって枯死した植物体を湖外に持ち出すことにより、ヘドロの堆積を抑制する。また、今回はエコトーンの植生基盤として、造成地の周辺から採取したヘドロを用いる。池の水位を一時的に下げれば、ヘドロを干し出すことによる分解促進も期待される。先述の埋土種子(土壌シードバンク)の発芽など、このようなヘドロの活用が実現できた場合、かいぼり(池干し)を行った際に掻き出されるヘドロの運搬先としても期待される。
栄養塩類の除去(水質汚濁の改善・進行を抑える)エコトーンを構成する湿生・水生植物群落は、栄養塩類や汚濁物質の捕捉・吸収・分解を通して水質浄化に寄与する。これら栄養塩類を吸収した植物体を湖外に持ち出すことにより栄養塩類の削減につながる。また、水質浄化や底質分解に寄与する藻類、動植物プランクトン、底生生物の増加によっても効果が期待される。さらに、光や栄養塩類をめぐる競争やアレロパシー作用による植物プランクトン増殖の抑制によって淡水赤潮の対策としても期待される。ただし、群落維持のために、刈り取りが年1回しか行えないこと、栄養塩類が地下茎へ転流された冬場に刈り取ることなどの理由から、急速に大きな効果があるとは言えない。
エコトーン造成地付近の透明度向上エコトーンを構成する水際植生の存在によって、繁茂した葉や茎によって、風速・波浪・流れが減衰され、懸濁物質の沈降が促進される。また、根の発達による底質の安定化と底泥の巻き上げ抑制、それに伴う栄養塩類の溶出・回帰抑制が期待される。加えて、植物体による遮光や動物プランクトンへの生息場所(捕食者である魚類からの避難場所)提供によって、植物プランクトンの増殖抑制に寄与する。以上の効果からエコトーン造成地付近の透明度向上が期待される。
水辺景観の形成(親水性・景観の改善)水生植物は人間の心に癒しを与える存在でもあり、植物そのものや景観としての美しさを楽しむことができる。また、浅場域の拡大によって、後述するような水辺環境での自然観察や環境教育など、親水性の向上が期待される。さらに、水際植生による湖岸の目隠し効果による景観の改善や採餌・休息・繁殖している水鳥に対する目隠し効果も期待される(上述の「多種多様な動植物の生息・生育環境の拡大」につながる。
環境教育や自然体験学習の充実エコトーン(水生植物群落)は、その機能の多様性から、自然の営みや人間活動との関わり、環境問題について理解し活動を展開する場として重要である。大学キャンパスの場合、学生や地域の人々が実物に触れて環境学習を行う場、保全のための幅広い技術・視野を持った人材を育成する場として機能することが考えられる。また、自然環境やそこに棲む動植物と親しみふれあいを深める自然観察会や観察施設の整備、エコトーンに関する知識や湖沼生態系の保全の必要性について普及啓発を図ることも重要である。将来、エコトーンの造成、抽水植物の植栽、ヨシを使用したイベントや体験学習、また刈り取ったヨシの新たな有効な利用検討などに、学生・教職員・地域住民・企業が参画・協働することによって、エコトーンの持つ価値を共有するとともに、池への関心の高まりと環境教育への寄与が期待される。
資源の循環と農業・人間生活への貢献刈り取った抽水植物は焼却処分されることも多いが、これらを堆肥、ヨシ紙、食品、バイオマス資源などに加工、付加価値をつけて有効活用することで、資源の循環と農業・人間生活に貢献することが期待される。

想定される懸念点

エコトーン試験造成にあたって、下記のような不可逆的な影響や問題点が想定される。取り組みの対象は生態系であり、そこに生息する動植物と物理的環境の膨大かつ複雑なシステムによって成り立っている。そのため、人為的撹乱が生態系に与える影響のすべてを把握し予測することは非常に困難(=不確実性)である。今回のような保全方策が実施者の期待通りに行く場合もあれば、予期せぬ結果(取り返しのつかない失敗)をもたらす場合も考慮しなければならない。この不確実性への対処として、「順応的管理手法」に基づいて取り組みを進める。

想定される懸念点対応策・解決策
木板の継ぎ目や湖岸側から泥が流出してしまう※湖岸側は波浪で侵食されており真っ直ぐ切り立った崖ではない。設計を変更し、隣り合う板をわずかに重ねてから打ち込む。または数日間天日干しして固まった泥を投入する。湖岸側から流出する場合には、最低限湖岸を削って板との隙間をなくすようにする。
地面が緩く移植株が定着・活着しない一定期間、池の水位を下げるまたはかいぼり(池干し)によってヘドロの乾燥を促す。基盤とする土壌を池外から投入することも検討する。※移植時期やその年の環境条件に左右される可能性もあるため、多方面から原因の究明にあたる。
ヨシが水に接しておらず水質浄化機能が発揮できない※土壌中の栄養塩類の吸収を中心に機能しているため、効果がないわけではない。次回の施工時に造成区の高さを再検討、既存の造成区はかいぼり時などに調整する。角落堰やチェックゲートの設置により池の水位を上げる。
枯れた抽水植物による底質悪化、栄養塩類の回帰※冬季に枯れた植物体を放置すると、植物が捕捉・吸収した窒素やリンなどの栄養塩類が水中に溶け出し回帰してしまう。また、これらがヘドロ化して浅底化が進行する。継続的に抽水植物(水際植生)を刈り取り、水域から除去(湖外に排出)することによって、富栄養化と浅底化の進行を抑制する。
波浪の緩和による底質の細粒化ヘドロの堆積※刈り払いを実施していても枯死した植物体の堆積は完全には排除できない。※脱窒効果があるため、この還元層は最低限必要であるが、20 cm以上厚く堆積すると抽水植物の生育が阻害される。短期間の水位低下やかいぼり(池干し)を定期的に実施し、底質環境の改善を図る。ヘドロのすき取り除去も検討する(ヘドロの有効活用策についても検討する)。エコトーン内でのヘドロの堆積状況についても注意深く観察し記録する。本来、エコトーンは季節や降雨量に応じて環境が変化する干出域である。しかし、上述のとおり、鷭ヶ池に流入した水は即座に南側の水路から構内河川へ排水される。そのため、角落堰やチェックゲートの設置により池の水位を上げること、かいぼり(池干し)によって水位を変動させる(湛水域は干出させること)ことが必要になってくると考えられる。
キショウブなど繁殖力が旺盛な外来植物の侵入・拡大※一般的に湿地再生のために形成された裸地的な場所には、外来植物が定着する可能性がある。定期的なモニタリングの上、発見時には駆除活動(抜き取り、冬季の刈り払い)を実施する。
移植株の確保が難しい移植株の確保にあたって、移植元の地下茎を破損させたり個体数を減少させる恐れがあるため、移植元の個体数の回復状況を考慮するとともに、播種や挿し木によるヨシ苗栽培移植についても今後検討していく。
刈り取った抽水植物の処分方法当面は焼却処分を検討しているが、これらに付加価値をつけて有効活用する方法(堆肥、ヨシ紙、食品、バイオマス資源など)についても検討していく。
維持管理面の問題(維持管理が追いつかない)※エコトーンとそこに生育する抽水植物群落の機能を最大限発揮するためには、刈り払いを中心とした継続的な維持管理が必須である。試験区の撤去を検討する。施工にあたって地面に打ち込んでいるため、撤去が難しい場合も考えられる。そのような場合に備えて、木製の材料を用いることで環境への負荷を低減する。今後の遷移をモニタリング、岸辺の侵食防止用に活用することを検討する。

実施手順

エコトーン試験区の造成は、図1と後述するプロセスで行う計画であるが、常に前述した「順応的管理」の考え方に基づき実施する。試験区の造成以降、維持管理とともに、随時評価の実施と知見の取りまとめを行う。不可逆的な影響や問題が発生した場合には、科学的知見に基づいて順応的に対応・再検討を行う。

図1 鷭ヶ池におけるエコトーン試験造成のプロセス。順応的管理に基づき、区切りにこだわることなく柔軟に対応する。

 

①エコトーン試験区造成地の選定・造成手法の検討

エコトーン試験区の造成地は、これまでの調査結果に加えて、調査研究や自然観察で鷭ヶ池を利用している専門家や学生の意見を参考に、以下の点を踏まえて検討した。

・現在の鷭ヶ池の生育環境条件に適応した植物やそれらを利用する多様な昆虫類が生息している。造成にあたって湖岸の植物を刈り払う必要がある。既存植生や昆虫相への影響を最小限に抑えるため、比較的単調な植生の箇所を選定する。

・2024年11月頃から池Aにおいて、かいぼり(池干し)を行う予定である。排水時に試験区のメンテナンスや拡大作業が可能である。また、池Aの南岸は樹木が侵入・成長しているため日当たりが悪く抽水植物の生育に向かない。北岸・東岸は水深が非常に浅く、底質も礫質が中心で杭や板を打ち込めない。以上を踏まえて施工やメンテナンス作業が容易な箇所を選定する。

検討の結果、図3に示した池Aの西側湖岸を造成予定地として選定した。2022年11月12日に現地の湖岸を一部刈り取り、地形と植生を調査した。事前調査の結果、予定地の湖岸には、110 cmの侵食崖が生じており、崖の下には崩落したと思われる砂が堆積していた。また、植生について、予定地には7科7種の植物種が生育しており、希少種や外来種は見られなかった。なお、2023年現在、鷭ヶ池には63科143種の維管束植物(木本、草本、シダ植物)が生育している。陸域にはジョウボウザサが優占し、侵食崖はノイバラやつる性植物で水面まで覆われていた。

図2 エコトーン造成予定地の湖岸環境の変化(上:1980年代、下:2023年現在)。約40年間で、水位低下、エコトーンの消失、ヘドロの堆積が進行し、それに伴う浅底化、湖岸侵食が著しく進んでいる。植生はヨシやマコモなどの抽水植物から、ノイバラやつる性植物、ジョウボウザサなど乾燥地性のものに変化している。

 

エコトーン造成にあたって、土台の資材としては「捨石」や「矢板」が用いられるが、環境への影響やコスト面、景観面から今回は「木板・木柵タイプ」を採用した。これは、木板(合板)の両側に木杭を打ち込んだ構造である。木板の耐久性は10〜20年と言われており、それまでにヨシが十分活着し、安定したヨシ群落が形成されていると考えられる。ヨシの活着が不十分で安定しない場合には、ヤナギ類(タチヤナギ、ジャヤナギ)の植栽によってエコトーンを補強することも考えられる。

11月23日には、これらの資材が設置可能か現地で検証を行った。その結果、侵食崖から150 cm程度までは底質が固く、合板がほとんど埋没しなかった。これより沖合は以前から池であったと考えられ、50 cm程度のヘドロの堆積があり、板の下半分が埋没した。以上の事前調査の結果をもとに試験区の設計を行った。

図3 エコトーン試験区の造成予定地。鷭ヶ池でのこれまでの調査結果と利用者の意見を参考に、植生や今後の保全再生に基づいて予定地を選定した。

 

②エコトーン試験区造成(小規模区画の造成)

これまで述べてきたとおり、今回はエコトーン造成による効果や不可逆的な影響、維持管理面について評価・検証するため、鷭ヶ池の池Aに小規模な実験区を設置することとした。

 はじめにエコトーン試験区のイメージ図を示す(図4)。試験区は、水面からの比高、土壌水分、泥の堆積厚が異なる2段から構成されている。設計図は図5のとおりで、前述したように侵食崖から150 cm程度は合板が15 cm程度しか埋まらず、沖合は50 cm程度埋まるため、板の長さを調整している。

エコトーン試験区の造成手順と実施上の留意事項は以下のとおりである(図6)。なお、施工する各段の高さは目安であり、現地の水位や底質状況を見て調整する。

図4 完成イメージ図。二段構成となっており、両段に半分ずつ、ヨシとマコモ・ヒメガマを植栽する予定である。

 

図5 エコトーン試験区設計図(右:断面図、左:上から見た図。棒が木杭、線が木板を表している。単位はcm。)

 

図6 作業フロー(エコトーン試験区造成)

 

③抽水植物の移植・植栽

ヨシについて、今回は「地下茎法(ヨシの休眠期の終わりから春先の新芽が伸び始めるまでの間に、地下茎を掘り起こし、新芽を付けて20~50 cmに切り分けたものを苗として植栽する方法)」を採用する予定である。ただし、この方法は移植元の地下茎を破損させたり個体数を減少させる恐れがあるため、移植元の個体数の回復状況を考慮するとともに、播種や挿し木によるヨシ苗栽培移植についても今後検討していく。マコモとヒメガマについては構内水路・構内河川に生育している個体群から株分けによって移植する。

鷭ヶ池における抽水植物の移植も初の試みであるため、移植成功率向上と作業効率性を考慮して方法を検討していく。

 

④モニタリング調査

今回の試験区を造成する目的は、エコトーン造成による効果や不可逆的な影響、維持管理面について評価・検証することである。同時に、エコトーン造成が鷭ヶ池における今後の保全再生方策として有効であるか否かを検討することである。そのために、最初の1年間は下記のようなモニタリング調査を予定している。物理化学的環境の変化や動植物の応答、維持管理面などについて評価する。なお、モニタリング内容は造成後の状況に合わせて、適切な方法に変更する。

モニタリング項目モニタリング内容
植生(生育状況、侵入状況)移植・植栽を実施した箇所については、各季(年4回程度)に生育状況を確認するとともに、1 m程度のコドラートを設定し、種構成や優占種の茎数などを記録する(例:水深、植被率、植生高、単位面積あたりの茎数)。侵略的外来種の侵入状況についても記録する。また、定点から試験区を撮影し、植栽した中止水植物の成長・拡大の変化を記録する。
鳥類(飛来状況、利用状況)月2回程度実施している鳥類調査の際に、試験区における鳥類の利用状況も調査する。鳥類調査は、1年を通じて、鳥類の活動が活発な日の出前後にラインセンサス法を用いて行っている。試験区に出現した鳥類を鳴き声や目視確認により判別し、種名及び個体数、行動の状況について記録する。それ以外の範囲や時間帯に記録されたものについては、任意調査結果として記録する。
施工状況・物理環境月1回程度、試験区及びその周辺の状況(例:木杭や木板が大きく動いていないか、土や泥の流出がないか、水面がエコトーンのどのあたりにきているか、など)をモニタリングし、必要に応じてメンテナンスを行う。

表で示した項目に加えて、1年を通じて試験区及びその周辺において生息・生育が確認された動植物を記録する。可能な限り個体数や行動の状況について記録するようにする。また、今後検討するモニタリング項目として、以下の項目を挙げる。

・湿重量、乾重量(抽水植物の成長量把握)

・地盤硬度(エコトーンの地形地質特性)

・水位変動(エコトーンの冠水状況)

・底質分析(エコトーン内の粒度・物質変化)

・鳥類利用状況(自動撮影カメラ(トレイルカメラ)による鳥類利用状況の把握)

 

⑤定期管理

今回はヨシ・マコモ群落の維持を目的として、冬期に刈り取りを行う。ヨシやマコモは冬季には地上部が枯れる。これらを放置すると、植物が捕捉・吸収した窒素やリンなどの栄養塩類が水中に溶け出し回帰してしまう。また、これらがヘドロ化して浅底化が進行する。そのため、水際植生を刈り取り、水域から除去(湖外に排出)することによって、富栄養化と浅底化の進行を抑制する。さらに、刈り取りは春先の新芽の成長を促すこと、地上部に侵入・寄生している昆虫や表面に繁殖する菌類を除去できること、刈り取りという人為的撹乱によって植生遷移の進行を食い止めることが期待できる。以上のことから、ヨシなどの抽水植物群落を良好な状態で維持するために冬季の刈り取りを行う。

なお、刈り取り時期については、何を目的とするかによって適期が異なる。水質浄化(栄養塩類の除去)を目的とする場合、冬期には地下茎に転流しているため、地上部の栄養塩濃度が高い夏期前後に刈取りを行うのが効果的である。効果的にヨシ群落を維持する(翌年の成長を維持し、他の植物の侵入を防止する)ことを目的とする場合では、刈り取り時期は12月など遅いほど良好であることが示唆されている。また、刈り取り後に茎が冠水すると翌年の成長が悪化することが報告されているため、刈り取り位置についても十分留意する必要がある。

 

⑥評価・検証・知見とりまとめ

試験区のモニタリング結果をもとに、エコトーン造成による効果や不可逆的な影響、維持管理面について評価・検証を行う。同時に、今後のエコトーン拡大や具体的な目標設定に向けて、知見の取りまとめを行う。具体的には、現状やモニタリング結果に応じて、実現の優先度を考慮した目標の再検討、他の保全方策との併用による複合的な効果の発揮に着目した取り組みの検討を行う。最終的には、鷭ヶ池において、エコトーン造成の拡大が現実的であるか、保全再生に有効な手段であるか判断する。判断の例として、「改善策の検討」「経過観察」「試験区の拡大」「試験区の形状見直し」などが考えられる。

評価の時期について、不可逆的な影響の発生も考えられるため、順応的管理の考え方のもと、区切りにこだわることなく柔軟に取り組みの見直しを行うこととする。また、順応的管理の各プロセスにおいて、学生のみならず専門家が科学的評価を行うべきであるが、その解釈や判断が適切であるかどうか幅広く客観的評価を行う必要がある。評価に当たっては、可能な限り透明性を確保し、インターネット、広報誌、パンフレット、看板などで結果を公表・公開し、広く意見を求め(パブリックコメント)、今後の取り組みに反映させていく。

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